すっぽこ研究所所長の長岡さん、普段は山形市内にあるデザイン・制作会社「マン・クリエイト」の代表を務める。
-「すっぽこ」はどんな食べ物ですか?定義はありますか?
端的にいうと「あんかけうどん」です。どこのすっぽこにも
必ず入っているのが、「どんこ」と呼ばれる干しシイタケをまるごと戻したものと、かまぼこ、セリ、鶏肉、エビです。昔は「ばらこ」という醤油漬けする前のすじこを入れていたそうです。麺は普通の玉うどん。汁無しで、あんを上からかけただけのものです。
-長岡さんのすっぽことの出合いを教えてください
2004年からラーメンの食べ歩きのブログを書いていました。記事を書くときに価格や名称を間違えないよう、必ずメニューの写真を撮るようにしていたんです。現在は閉店してしまいましたが、山形市にあった「たけだ食堂」で同じように写真に撮ったメニュー表を見返していると、鍋焼きうどんの下に「すっぽこ」の文字が。「何これ?」となったんです。それが2005年、すっぽことの初めての出合いでした。
メニューに何の説明もなく「すっぽこ」と書いてあるということは、すっぽこで通じる人がいて、注文するということ。しかし私は知らない。周りの人に聞いても知らない人ばかりでした。そこから知人、ネット、資料を駆使し、毎日研究を続けました。「すっぽこ」という名前のインパクトもだいぶ大きかったですね。
-そもそも山形にはうどんの文化がないと思うのですが
そうなんです。ですから、上方からきた文化に違いないと思い調べ始めたのですが、文献や資料が何も残っていなかった。ネットや聞き込み調査の末やっと見つけたのが、京都や香川にある「しっぽく」でした。どう考えても言葉が似ていますよね。
しかし調べると、しっぽくはあんがかかっていない普通の「煮込みうどん」。さらに調査を進めると滋賀にある「のっぺいうどん」が、すっぽこによく似たあんかけうどんだということが分かったんです。
-すっぽこは滋賀からやってきたのですか?
滋賀と山形は「近江商人」の行き来で直結していました。江戸中期から山形の紅花や青苧(あおそ)を求め、多くの近江商人が山形を訪れていたんです。その証拠に、今でも山形市内では多くの近江商人の末えいが商売をしている。
すっぽこの原形は滋賀の「のっぺい」。これしかないだろうということで「すっぽこは近江商人が持ってきたもの」という推論を、すっぽこ研究所の公式見解にしています。
-近江商人といえば海路も使ったはず、庄内地方(海側)にもすっぽこはあるのですか?
不思議な痕跡ですが、海側の庄内地方にはすっぽこは伝わっていないんです。もちろん上方との交流はあったので、あんかけ文化は残っていますが、「すっぽこ」という名前や「すっぽこ」と同じような料理は一切見当たりませんでした。ですからすっぽこは海路かではなく陸路から来たものではないかと考えられます。
-現在すっぽこはどこで食べることができますか?
すっぽこを提供する店は県内でも山形市にしか残っていません。私がすっぽこと出合ったころには、すっぽこ提供の店が8軒ありましたが、現在は「羽前屋」「寿屋本店」「栄屋本店」「品川家」の4軒のみ。実は県外でも、宮城県美里町、白石市、岩手県一関市などですっぽこを出す店があることを確認しています。こちらも山形のすっぽこ同様、近江商人が宮城、岩手へ渡った際に伝えたと推測しています。
左上から羽前屋の「しっぽこ」、寿屋本店の「すっぽこ」
栄屋本店の「志っぽこ」、品川家の「しっぽこ」
各店であんの固さや具材、味、さらには呼び名も変わる。
-昔はメジャーな食べ物だったのでしょうか
昔はどこのそば屋でもすっぽこを提供していたと思います。具が豪華で値段も高かったので、裕福な旦那集が出前で頼んでいたメニューだったんです。人気が高い時代ももちろんありました。ですが、戦後の食糧難と、中華そばが入ってきたことにより、いつしかすっぽこは時代遅れの食べ物になっていったんですね。ある店の方は「すっぽこなんて年配の人がたまに来て『懐かしい』と言って食べていくくらい」とも言っていました。
研究所では固いあんで素朴な飾りっけのないものを「男すっぽこ」、柔らかなあんで華やかなものを「女すっぽこ」と呼んでいます。最近では仲間内ですっぽこを食べに行くことを「ぽこる」と言ったりして楽しんでいます。店の注文伝票に「ぽこ1」「ぽこ2」と書いているのを見つけたときもテンションが上がりましたね。
現在やっている試みとして、すっぽこを提供する4店舗で「すっぽこステッカー」を冬季限定で配布しています。すっぽこ研究所でも研究所オリジナルステッカーが手に入ります。すっぽこの店を回って、ぜひ「すっぽコンプリート」してほしいですね。
長岡さんの携帯電話には「すっぽコンプリート」したすっぽこシールがびっしり。
-すっぽこ研究所の今後の展望を教えてください
今シーズンはいくつかのメディアにも取り上げられ、かなり皆さんに知ってもらえるようになったので、皆さんに食べてもらいたいという思いが一番。あとは山形県と市の公式
観光パンフレットに載りたいです。ゆくゆくは全国版の観光ガイドブックにも。
山形の冬の味覚として、夏の「冷やしラーメン」と肩を並べる存在になりたいですね。
-長岡さん、どうもありがとうございました。
研究を始めて10年たった今でも、「すっぽこ」への好奇心と探究心が衰える様子のない長岡さん。そんな長岡さんの研究に賛同し、すっぽこを食べ歩くメンバーも増えている。「毎年鍋焼きうどんがよく売れるのに、今年はなぜかすっぽこの方が出るんです」と不思議そうに語っていた、とあるそば屋の店主の言葉通り、消えかけていた「すっぽこ」に再び光が当たり始めている。山形にすっぽこがある限り、長岡さんの研究はまだまだ続きそうだ。